
VOL.24 いしかわ動物愛護センター しっぽのかぞく編
動物たちの命を「まもる」、動物たちの命を「つなぐ」、動物たちの命について「まなぶ」
新たなアイデアで、最後のセーフティネットとしての役割を目指す施設
それは、残された可能性に賭ける思い。
命を守ることは、命の可能性を諦めずに、命を繋ぐこと。そして、みんなが学ぶこと―。
石川県森林公園内の施設のひとつとして、2024年4月にオープンした、いしかわ動物愛護センター「しっぽのかぞく」。
しかし、華々しいオープン直前の2024年1月1日、同県は、能登半島地震に見舞われ、県民も動物たちも甚大な被害を受けました。
大震災を経験したからこそ、見えてくる「人と動物の真の共生社会の実現」とは何か―?
動物たちの福祉を重要視した「命をつなぐ」活動、そして、災害時に動物たちの命をまもるために、私達は何を学ばなくてはならないのか―?
保護や譲渡の推進、情報発信に、斬新なアイデアをもって取り組んでいる職員さんたちの活動を災害時の経験談も交えて、ご紹介します。
▲森林公園内にある同センター
▲里親さんを待つ保護猫
いしかわ動物愛護センターのここがポイント
金沢駅から車で30分程の距離にあるいしかわ動物愛護センター「しっぽのかぞく」は、広大な敷地に広々としたドッグランを兼ね備えた動物愛護施設です。芝生が敷き詰められたドッグラン(※1)は、一般客(登録制で有料)も利用可能。
小型犬専用、中・大型犬専用、貸し切り専用の3面があり、雨天や遮光用に屋根のついたスペースもあって、オシッコポール(足を挙げて排尿させる専用ポールで洗浄機能付き)や、足洗い場も完備されています。
県産の材木が使用された木造平屋建て992㎡(約300坪)の動物愛護棟施設では、犬・猫の収容スペースをはじめ、検疫・観察室、検査・処置室、 トリミングルームなどのケア設備、譲渡のためのマッチングルームや、勉強会や講演会などに利用できる広い研修室も設けられています。
▲トリアージ室で診察を受ける保護犬
▲譲渡対象の猫用のマッチング室
当センターには、犬30頭、猫70頭の収容スペースがありますが、石川県での犬の収容頭数は、年間103頭(令和6年度)でそれほど多くありません。
収容される犬の中には、飼い主がいない、いわゆる野犬も含まれていますが、当センターは、令和元年度から犬の「殺処分ゼロ」を継続。これは特記すべき大きな特徴です。
野犬の馴化は、一筋縄ではいかず、野犬の捕獲数が多い自治体では、殺処分ゼロの達成に追いついていないのが現状だからです。
「現在、野犬がいるのは能登地方だけですが、ここの野犬は人の手から食事をもらっているからか、人と暮らせるレベルまでは馴化できます」
そう語ってくれたのは、当センターの主任技師で、獣医師の餅井眞太郎さん。当センターでは、野犬の子犬はもちろん、成犬であっても譲渡に繋げていると言います。
野犬譲渡の最大のポイントは、スタッフによる馴化トレーニングと、譲渡対象前からのパブリック公開です。
▲屋外ドックラン
当センターの野犬の馴化トレーニングには、一頭に担当のお世話係がひとりつき、まずリードの着脱、首輪の装着、着脱等のトレーニングを開始。慣れてきたら収容犬専用のドッグランで、お散歩デビュー。タイミング次第では見学に来た人たちが、ドッグランでの様子を見ることができます。野犬は長期に渡るきめ細やかな馴化トレーニングが必要。そのため、譲渡対象になるまでには日数がかかるので、見学者の中には、何度も通って見ているうちに、愛着を感じ始める人もいるようです。
しかし、当の犬は馴化中で、譲渡となるのはまだ先です。
すると、「いつ譲渡対象になるの」と、ますます気になり、ついには譲り受けたいと希望者も出てきているのです。
「一般の人でも最低限、お世話に必要なことが安全にできるようになったら、譲渡対象となります。譲渡希望者さんには、家族全員に首輪やリードの着脱をしてもらい、全員ができるようになるまで通っていただく。それから、元野犬なので、普通の犬のようにシッポを振って大喜びで甘えてくるような子はほとんどいない。散歩は大好きでも、人との過剰なふれあいが苦手な子が多いんです。そのことをきちんと説明して理解してもらい、彼らのありのままの性格を受け容れて可愛がっていただく、ということですね」
徹底した馴化トレーニングと譲渡対象者の選定は、かなり大きなハードルとなりますが、餅井さんはじめ、スタッフさんは、犬たちの福祉(幸せ)を最優先し、妥協することはありません。
また、野犬チームがここまで人気が出るのは、その容姿にも関係があるようです。この地域で繁殖を繰り返している野犬たちは、テリア系で見た目がとても可愛らしく、攻撃性がほとんどないことが特徴だからです。
ボランティアさんたちの間では「能登テリア」!などと呼ばれています。
▲能登テリアのかんちくん
可能性があるなら決してあきらめない!特別譲渡対象犬・猫の命をつなぐ!
世の中が殺処分ゼロのスローガンを掲げる中、未だ多くの自治体で殺処分対象となっているのが、野犬に次いで、咬むなどの問題行動のある犬です。
当センターでも、問題行動のある犬、病気や障がいのある猫などが収容され、彼らの処遇の対応策が課題です。
そこで通常の譲渡とは別に、新たに始まったのが「特別譲渡対象犬・猫」(※2)です。
これは、譲渡困難と思われる犬猫を「特別枠」として、公開し、問題行動や病気、障がいなどを、個性として、ホームページやSNSで発信し、話題性をつくって、譲渡に繋げようという試みです。ただし、飼育に特段の配慮が必要な動物ではあるので、安易な譲渡希望者を防ぐために、動物の特徴について適切な情報を合わせて積極的に発信しています。
また、「特別枠」の犬も、散歩の様子などを、見学者に頻繁に見てもらうことで、応援してくれるファンを増やし、チャンスを探ります。
当センターで三年間も収容されているミックス犬・豆太朗も「特別枠」の犬。
子ネコのネードも、後ろ足がマヒした障がい猫で、現在特別枠で飼い主さんを募集しています。
▲特別譲渡対象犬の豆太朗くん
▲後ろ足に障害を負ったネードくん
豆太朗は、ふとしたきっかけで咬みつくという問題行動があります。その後、センターで馴化トレーニングを続けてきた結果、収容後三年経った今では、マテ・フセなどのコマンドトレーニングもできるほどになりました。
担当のお世話係とは、上手にコミュニケーションもとれるようになり、わんわん見学会のイベントでは、見学者からおやつを投げてもらいキャッチするという遊びまで披露できます。(咬むのでふれあいなどはできない)今ではSNS戦略が功を奏し、「豆太朗、元気ですか?」と、センターに足を運んでくれる人も増え、「譲渡を前向きに考えてもいい」という人まで現れるようになったのです。
「当センターのインスタグラムのフォロワー数は、1年で4000を超えて、多い時には1週間で100ずつ増えて行っています。そのお陰で、特別枠の犬や猫も有名になり、応援してくる人が出てくる。中には咬みつき犬の飼育経験者もいて、譲渡を前向きに考えてくれる人も出てきた。ここは、犬猫たちにとって最後のセーフティネット。時間はかかるけど、どんな子の命もあきらめたくはない。可能性に賭けてみたいと思っているんです。それと、飼い主さんになってくれる方へのお願いは、引き続き、馴化トレーニングを続けていただくということですね」
スタッフさんたちの努力と愛情が功を奏し、豆太朗がセンターを卒業する日も、そう遠くないのかもしれません。
▲特別譲渡枠の犬猫の飼い主になるための案内
※2 いしかわ動物愛護センター
特別譲渡対象犬について
特別譲渡対象猫について
能登半島地震の課題
「学ぶ」ことで、人も犬猫も災害時を乗り切れる
2024年1月1日16時10分。石川県珠洲市付近が震源地となった最大震度7の大地震が能登半島を襲い、多くの家屋が倒壊。住民もペットも住む場所を一瞬にして奪われてしまいました。当時、いしかわ愛護動物センター「しっぽのかぞく」は、オープン前。
発災時、能登の保健所で勤務していた餅井さんは、直後から被災した飼い主からの電話対応に追われたと言います。
「自宅が倒壊したから、犬や猫を預かってほしいという相談の電話が、途切れる間もなくかかってきました。当時は今のセンターが開所前。保健所は管理業務専門の建物なので、犬や猫をあずかれるようなスペースも整っていません。すぐに県の方に報告して、対応をお願いし、石川県獣医師会の協力を経て、被災していない金沢の動物病院で、被災動物の一時預かりを開始することになったんです。病院なら病気になった時に治療もしてくれるし、分散して預けられるので感染症の問題も最小限にできる。預かってもらうには一番適した場所。協力していただいた石川県獣医師会の皆様には大変感謝しています」

動物病院が集中する金沢市内が大きな被害を受けていなかったことも、飼い主さんやペットにとって、不幸中の幸いだったようです。
ところが、餅井さんたちが現地を調査してみると、様々な課題が見えてみました。
「ペットと離れるのが絶対に嫌だという被災者もいました。中には、多数の飼い猫と一緒に軽自動車の中で、三か月間も暮らしていた飼い主さんもいましたね・・・。多くの人が被災して不安になっている。そんな中で、ペットと寝食を共にすることは、心の不安を和らげてくれるひとつの方法なのかもしれません。でも車中避難は、エコノミークラス症候群等の健康リスクも高いし、ペットにとってもストレスが大きい。また今回は真冬の災害だから車中避難できたものの、夏なら完全にアウトです」
*犬や猫を多頭飼育する場合には保健所への届け出が必要と条例で定めている自治体もある。「多頭飼育届け出制度」と呼ばれ、飼い主への支援や指導、適正飼養の確保を目的としている。石川県は6頭以上の飼育で保健所に届け出要
多数の猫や犬と一緒にいるとなれば、当然、避難所への同行避難も難しくなり、災害時に人も動物も行き場を失いかねません。
また、環境省のガイドラインではペット同行避難を推奨していますが、ここにも課題があったと餅井さんは言います。
「今回の地震では、ペットとの同行避難を避難所が断ったというよりも、運営側に犬猫に関する知識がなく、犬猫の避難スペースが犬猫に適していない場所(人通りが多かったり、玄関先だったり)であったり、避難してきた飼い主たちが“同行避難”を“同居避難”と勘違いしているケースが多く、犬や猫の避難スペースと人の避難スペースが分けられていることが不満で、結果的に飼い主さんが避難所に入らないという事例が目立ちました。犬猫の避難スペースの場所については、避難所に助言しましたが、同居避難を望む飼い主さんが多かったです」
しかし、こういった問題の一番の原因は、日ごろのトレーニングにあると餅井さん。
まず大切なのは、クレートトレーニング(移動用の犬舎)です。
ペットの避難スペースでは犬も猫もクレートに入れるのが一般的です。クレートにきちんと入るトレーニングができていれば、クレート内で犬は安心できて、吠ることもないし、他犬とのトラブルも、他人とのトラブルも起きません。猫が逸走する心配もありません。
犬は、散歩の時や飼い主が見てあげられる時に出して一緒に運動したり、触れ合ったりすれば、飼い主もペットもストレスを最小限に抑えることができます。しかし、日ごろからクレートに入っていない犬や猫がクレートに入ると、鳴いたり、出ようとしてクレートを引っ搔き、怪我をしたりして、飼い主もペットも想像以上のストレスを抱えることとなります。

そもそも避難所ではすべての人が、すでに大きなストレスを抱えているので、それがきっかけで、トラブルになる可能性も高いのです。結果、しつけが不十分な犬や猫との同行避難は、断念せざるを得ません。
「結局、避難所に残れるペットは、しつけができている子が多い印象でした。飼い主さんもとても謙虚で、巡回で犬猫のためにウェットテッシュを配ると、人間の分も足りないのに申し訳ないといって、受け取らないんです。つまり、あれをしてほしい、これもしてほしいと、周囲に期待せず、自分たちでできることはやろうとする方たちばかりなんですね。他人任せにしないから、もしもの時のトレーニングもきちんとできている。
犬がとてもお利巧でいたら、犬を飼っていない避難者もその犬を可愛がるようになるんです。きっと癒されるんでしょうね。
そこで、新たなコミュニケーションが生まれ、その犬の周りには、みんなが集まって、癒しの輪ができていました。同行避難として100点満点の例です。でも、そのためには、やはり日ごろのトレーニングは欠かせません」
能登半島地震を自ら経験した餅井さんが、実感したことはトレーニングに関する飼い主への啓発の重要性だったと言います。
当センターでは今後、ドッグ・トレーナーを招いての、「災害時に役立つ 犬のしつけ教室(クレート訓練)(呼び戻し訓練)」等を実施し、災害時における啓発事業にも力を注いていく予定です。
いしかわ動物愛護センター 主任技師
獣医師の餅井眞太郎さんに聞きました!
獣医師で、自らも猫を愛して止まない餅井さん。
現在のセンターの運営と、今後のことについてこう語ってくれました。
「現在、当センターでは、年間での犬の収容数が約100頭、猫が約350頭(令和6年度)で、収容キャパシティに対して、それほど窮屈な状態ではありません。猫は幼齢猫の収容がほとんどなので、譲渡もしやすい。子猫の離乳までは、ミルクボランティアさんがお世話をしてくださるので、安心して任せられます。
▲いしかわ動物愛護センター主任技師・獣医師 餅井眞太郎さん
問題は特別支援枠の犬猫ですが、こういった子たちもSNSを駆使して、話題性を作って行けば可能性はあります。今年度はほぼ、毎日のように投稿しているので、フォロワー数も、どんどん増えてきています。
犬猫の譲渡については、通年譲渡に加え、譲渡会も積極的に開催しますが、まずは気軽に動物たちに会いに来ていただける施設を目指しています。
当センターは、土日も開館していますので、ぜひSNSや施設見学を通して収容動物に親しみを持ってほしい。その積み重ねが、やがて適正譲渡に繋がっていくのだと思います」
当センターでは、受付を通さなくても、外からパドックに出ている犬を気軽に見ることができます。
一頭、一頭に、写真と名前と特徴が書かれたプロフィール入りの「表札」がかかっており、つい名前を呼びたくなります。
足を運ぶうちにお気に入りの子ができるかもしれません。
気軽に足を運べる場所にすることが、命を繋ぐ第一ステップになるはず。
どんな命でも諦めず、可能性を探る―。
餅井さんたちスタッフさんの動物たちへの思いや愛情が、そのまま日々の活動となって表れている動物愛護センターでした。
(取材:2025年7月)
いしかわ動物愛護センター しっぽのかぞく
住所:〒929-0323 石川県河北郡津幡町字津幡エ9
電話:076-204-8622
URL :https://aigo-ishikawa.jp/
Instagram :https://www.instagram.com/aigo_ishikawa/

取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
授業の回数を300回を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。

































