
VOL.23 高知県中央小動物管理センター編
「殺処分ゼロ」の本当の意味を考える施設。
それは、
「動物の命を捨てる人をゼロ」にすること「命を粗末に考える人をゼロ」にすること、
「無責任な飼い主をゼロ」にすること、「幸せになれない命をゼロ」にすること―。
高知市市街地から車で20分ほどの浦戸湾沿いに位置する高知県中央小動物管理センター。
昭和56年に野犬収容所と殺処分施設として建てられた建物は、古く、小規模ですが、時代と共に、収容犬猫の命を新たに繋ぐ施設へと変化を続け、 令和2年度に犬の殺処分ゼロを達成。以後、犬の殺処分ゼロを継続しています。
当センターの特徴は、「殺処分ゼロ」という結果のみにこだわらず、「殺処分ゼロの背景で、収容された犬猫の幸せな居場所につなげるために、何ができるかー」を日々、真摯に考え、取り組んでいることです。
同時に、力を入れているのが、未来の飼い主となる子どもたちへの啓発活動。
「殺処分ゼロ」の大前提となる「収容される動物がそもそもいない」を目指す、同センターの取り組みについてご紹介します。
▲同センターの屋外施設

目次
殺処分ゼロの真の意味を考える。
気候温暖で、自然豊かな四国にある高知県。
他の三県同様、同センターでは、野犬の収容も数多く見られますが、特徴的なのは飼育放棄された猟犬の収容です。
猟犬は山で狩猟を趣味としたり、有害獣駆除に携る猟師たちの大切な仕事のパートナー。しかし、中には犬を、狩猟道具のように扱い、高齢になった犬や、役に立たなくなった犬を、平気で捨てる人がいるのです。
「このセンターに収容される約半数は、こういった猟犬タイプです。中には首輪にGPSを装着する専用の首輪をつけたまま捨てられて明らかに猟犬だったとわかる犬もいます。」 そう語ってくれたのは「高知県健康政策部薬務衛生課」に務める獣医師の濱﨑さん。
こうした猟犬の飼い主募集も当然積極的に行いますが、狩猟犬として訓練された犬を一般の人が飼育するには、様々な知識と犬への理解が必要だと言います。
▲馴化トレーニングで人が大好きになった収容犬
「猟犬は、運動量を多く必要とする犬が多いし、動いているものを見ると本能でとっさに飛び出して、それを追いかけようとする。散歩中にそんなことが起こったら飼い主さんは転んで大けがを負いかねません。そのあたりのことを理解してくださる人でないと譲渡は難しいんです」
同センターにおける高知県内での犬の収容数は、猟犬、野犬、迷子犬等の110頭(令和6年度)。そのうち飼い主への返還が25%で、残りの犬は譲渡対象となります。
猟犬も含め、中には咬むなどの問題行動があり、譲渡困難な犬もいて、動物福祉の観点から「安楽処置」という選択肢を検討することも必要ではありますが、「殺処分ゼロ」への期待が高まっている昨今、「殺処分」という選択は社会的に受け入れられにくい現状にあります。
注)環境省の殺処分の分類では重い病気やケガなどがなく、健康な犬でも攻撃性が強い犬などは、殺処分の対象とするか、否かは現場の獣医師や職員の
判断によるとされている
▲濱崎さん(左下)と動物愛護推進員さんたち
そのため、当センターには、収容期間が6年という長期収容の犬もいます。しかし、命とは助かればそれで終わりではなく、助かった時点がスタートラインとなります。命を救ったのなら、その命を幸せにしてあげなければなりません。
行政施設であるセンターでの飼育は、どれだけスタッフが愛情をかけて世話をしても限界があります。センターにはそれぞれのルールがあり、個々の個性に合わせた家庭のような自由さはありません。スペースの問題、飼育環境の問題、病気やケガの際の治療費の問題などすべてを税金で賄っている以上、犬猫のQOLを向上させるために使えるお金には限りがあるのです。この現実を考えれば、数年もセンターで収容されている犬を見て、どれほどの人が「幸せだね」と、心から思えるでしょうか。
そのことを痛感しているのは、濱﨑さんはじめ、日々、犬たちの世話をしているスタッフさんたちです。
「殺処分ゼロという数字だけを目的とすると、必ず弊害がでます。殺処分をしなければならないのは、収容される犬猫がいるからです。収容される犬猫がいるのは、無責任な飼い方をしている人がいるからです。つまり、すべての人たちが自分の飼っている犬猫を幸せに大切にしてくだされば、収容される命はなくなり、結果として殺処分など必要なくなるのです。
捨てられた命を救うという「受け皿」を広げることと併せて、こぼれ落ちる命を減らすこと。そのためには、良い飼い主さんを社会でつくりあげることが一番の近道です。そこで、高知県では、動物愛護推進員さんと協力して、小学校での命の授業を積極的に行っています。命を粗末にする人間をひとりでも減らす。そのための教育です」
現在の小学生は、未来の大人であり、未来の飼い主さんです。
収容される命を減らすためには、「いい飼い主さん」を育てることから始まるといってもいいでしょう。
命の授業で、未来の優良飼い主さんを育成!
地方都市の高知県では、「犬猫は家族」という認識がまだまだ定着していません。
そのため、飼っている猫や、野良猫が自宅敷地内で子猫を産んだら、「川に流す」「畑に捨てる」という違法行為を平気で口にする住民の声がまだ聞こえてきます。
子どもは親を見て育ちます。親が平気なら、子どもも同じことを平気でやりかねません。こういった負の連鎖を止めるため、高知県では、積極的に命の出前授業を小学校で行っています。
講師は高知県動物愛護推進員さんで、対象は主に小学校の低学年児童。動物愛護推進員さんの愛犬・愛猫もフレンドリードッグ・キャットと称し、学校に同行して、デモンストレーションに参加する取り組みです。
授業は、子どもたちへの問いかけや、子どもたちの意見を取り入れるキャッチボール形式で、90分間かけて行います。

動物愛護推進員さんのひとり神野衣代さんは、20年以上前から命の授業の講師を務めてきたベテラン先生。授業のデモンストレーションには愛犬・八咫(推定13歳)と愛猫・きょろさい(5歳)も同行します。
きょろさいは、子ネコの時に交通事故に遭い、瀕死状態で神野さんに救われた猫です。
動物病院では、長く生きられないと余命宣告されましたが、神野さんのケアが良かったのか、その後元気に回復し、今では、どこへいくのも神野さんと一緒です。
学校の授業でも、きょろさいの心臓に聴診器を当て、きょろさいの心音を子どもたちに聞いてもらう役割を担うなど、命の授業には欠かせない大切なパートナーとなりました。
▲動物愛護推進員の神野さんと愛猫のきょろさいくん
八咫は、もと捨て犬で、有害獣駆除のくくり罠にかかって右前足を失って放浪していたところを神野さんに救われた犬です。
その後も悪性リンパ腫で顎を切除しなければならなくなりましたが、術後も教室に参加して頑張ってくれました。
神野さんに保護されてから10年以上もその身を持って、命の可能性と命の尊さを、学校で子どもたちに伝え続けてきました。
これまで八咫が訪問した学校は166校。命の大切さを伝えた児童数は4562名に上ります。
▲長年の功績に感謝状を贈られる神野さんと愛犬の八咫ちゃん
その八咫もすでに13歳です。高齢となり、学校への同行が体力的に難しくなったため、2025年6月に引退が決定。
その功績を称え、高知県動物愛護推進協議会から、感謝状が贈られました。
今後も高知県では、未来の優良飼い主さんを増やすために、さらなる工夫をこらし、学校と協力して、積極的に命の授業に取り組んでいく予定です。
注)フレンドリードッグ・キャットは、学校犬として、動物愛護推進員さんによりシャンプー・ワクチン接種等、衛生面、健康面に配慮し、命の授業を
実施しています。
注)フレンドリードッグ・キャットの動物福祉(動物に与えるストレス)の視点から、個々の児童とのふれあいはしていません。
ペットショップとの連携で、譲渡の道を新たに拓く!
高知県中央小動物管理センターでは、収容犬猫を、より良いセカンドチャンスにつなげるため、センタースタッフたちが日々熱心に、収容犬猫の馴化トレーニングに取り組んでいます。
エンリッチメントやトレーニングを日ごろ犬たちのお世話をしているスタッフさんに任せることで、よりスムーズな馴化を促し、家庭犬として譲渡可能レベルにしてから、譲渡へ繋げる取り組みです。
センタースタッフは月一回、プロのドッグ・トレーナーから定期的にトレーニングや講習を受け、ドッグ・トレーニングスキルの向上に努めていますが、同センターに収容されるのはほとんどが、捨てられた猟犬や野犬のため、馴化も容易ではありません。

「咬む」「人間が怖い」「首輪やリードが装着できない」「人間との散歩が上手にできない」など、普通の犬が普通にできることが、できない犬たちがここには多くいるからです。当然、時間も手間もかかりますが、スタッフたちの愛情と努力で、馴化トレーニングを終えた犬たちは、希望者との丁寧なマッチングを行った上で、新しい家族のもとへと旅立ちます。
また高知県では、2024年7月から(株)フタガミが経営する南国市にあるペットショップ「アシスト」(生態販売はしていない)にセンターの譲渡犬を展示し、飼い主さんを募集するという取り組みを開始。
これは一頭でも多くの保護犬たちの命を繋ぎたいと願う(株)フタガミのCSR(社会貢献)の一環で開始された事業です。
▲ペットショップ・アシスト内 保護猫施設
▲ペットショップ・アシスト内 保護犬施設
広大な店の敷地内の一角に建てられた展示用の犬舎は、とても広々とした清潔なつくりで、譲渡犬たちもリラックスして過ごしています。犬舎の前には人工芝を敷き詰めたドッグランもあり、ここにいる犬たちはペットショップのスタッフさんに毎日お世話をしてもらいながら、新しい飼い主さんを待つことになります。
展示期間は基本6か月で、譲渡 が成立しなかった犬は、センターに一度、戻されることになっていますが、馴化を進めて譲渡に繋げるべく展示期間を延長するケースも多いと言います。
「ショップに来るお客様に、保護犬たちがいますからぜひ、会ってください、と気軽に声をかけることから始めています。ここに展示される犬たちは、センターの職員さんが、たくさんの愛情を注ぎ、しっかり馴化トレーニングをしてくださったおかげで、みんなとてもいい子です。きっとかわいい家族の一員になってくれると思います」とショップスタッフさん。
この一年間で譲渡された犬は4頭。
展示された犬たちはみな、とてもフレンドリーで、センタースタッフの愛情と馴化トレーニングへの思いやアシストショップスタッフの命を繋ぎたいという思いが伝わって来るような穏やかな目をしていました。
▲アシスト内 保護犬施設 ふれあいタイム
▲ペットショップ・アシスト内 保護猫施設
地域猫活動をスタート!
高知県中央小動物管理センターの犬の殺処分ゼロは、令和2年度から継続中。しかし、猫の殺分数は年間112頭(令和6年度)で、殺処分されるほとんどが野良猫の生んだ幼齢猫です。他県同様、高知県にとっても、野良猫問題は今後の大きな課題となっています。
▲高知県・地域猫活動のチラシ
県ではこれまで主に、飼い主のいない猫不妊手術等推進事業(年間1500万円)を推進してきましたが、令和7年度からは啓発も取り入れた「地域猫活動推進事業」をスタート。各市町村が窓口となり、地域猫に係る地域住民と連携して、「TNR」「餌やり」「トイレ設置・掃除」「見守り」など一連の活動を行う事業に取り組むこととなりました。
活動に先駆け、5つの保健所で250名を対象(オンライン参加無制限)にセミナーを開き、地域猫活動の県民への理解と協力を広くよびかけていきます。ユニークなのは、発足にあたり、県が作成したパンフレットのキャッチコピーが「猫好きの人」目線ではなく、「猫が苦手な人」目線になっていること。
県では、「地域猫活動」は猫が好きな人のためだけの活動ではなく、猫が苦手な人、猫が嫌いな人にとっても大きなメリットである活動であることを前面にアピールし、すべての住民に理解を促すことを目的としています。
高知県健康政策部 薬務衛生課さんに聞きました!
獣医師でもある濱﨑さんは、県の今後の動物愛護業務について、動物たちの福祉を守りながら犬猫にも幸せな居場所を提供できる人と動物の調和の取れた共生社会の構築を目指したいと語っています。
「今、世の中の流れは、殺処分だけに目が向いていて、殺処分をしなければならない原因まで遡って考えてくれる人は少ない。高知県が目指しているのは、まず、収容される命を減らすこと。そのために最も必要なのが教育や啓発事業だと考えています。
そもそも、動物と関わるのは本当に大変です。人間とは違う生き物だから、勉強も必要。言葉も通じないため、相手の気持ちに寄り添う心や、思いやる心も「人間対人間」以上に大切になってきます。そのことをしっかり伝えて理解を促すことが 結果、「殺処分ゼロ」に繋がります。」
▲高知県衛生課 主幹 濱崎 圭映子さん
高知県では、令和9年に、現在の古い建物から新しい動物愛護センターへと場所を移す計画もあります。新しいセンター予定地は高知市内にある県立美術館の隣で、やがて来ると言われる南海トラフ地震の防災も配慮にいれた設計。
「ハザードマップでは、予定地も浸水最大2メートルとあるため、地盤改良をして建物自体も2メートルかさ上げした設計となっています。災害対策としては平時の普及啓発施設として、発災時は飼い主への支援や動物救護の拠点として役割を果たす予定です」
新しい施設は、設備もスペースも、うんと良くなり、エンリッチメントと動物福祉の視点からも申し分ないため、馴化トレーニングや譲渡事業など、より良い環境でスムーズに効率よくできそうです。行き場を失った犬や猫に、もう一度幸せになるチャンスを与えられるのは、私たち人間です。そして同時に、そうした行き場のない命を生み出してしまっているのも、また私たち自身であるということを忘れてはなりません。
犬や猫が、安心して最期まで幸せに暮らせる社会をつくるためには、「どうすれば人と動物がともに幸せに生きていけるのか」を、社会全体で考えていくことが大切です。
一人ひとりが動物の命と福祉について関心を持ち、自分にできることを考えていく。その積み重ねが、結果として、収容される動物の数を減らしていくことにつながります。
人と動物がともに安心して暮らせる社会にしていくために。誰もが動物の命に目を向け、自分ごととして考えていくことが、不幸な命を生まない未来につながっていきます。
(取材:2025年6月)

取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
授業の回数を300回を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。
































