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親子鑑定や遺伝性疾患の診断だけじゃない
いま、「遺伝子検査」に注目!

血統鑑定や遺伝性疾患の診断だけじゃない。いま、「遺伝子検査」に注目!

ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、遺伝性の乳がん・卵巣がん予防のために、乳房と卵巣・卵管の切除手術を受けたことは世界的な話題となり、「遺伝子検査」が注目されるきっかけにもなりました。
いま、遺伝子検査は動物医療においてもさまざまな場面で活用されていますが、いったい何がわかり、どんな役に立っているのでしょうか?
遺伝子検査をクローズアップしてみましょう。

目次

  1. 遺伝子、DNA、ゲノムこれってどう違うの?
    • 遺伝子は生物の設計図
    • DNAは遺伝情報を記録している物質
    • ゲノムはDNAに記録された全遺伝情報
  2. 3つに分類される「遺伝子検査」
    • 「感染症」の原因究明
    • 「悪性腫瘍」治療の判断材料に
    • 「遺伝性疾患」のリスク診断
  3. こんな研究も進行中!
    • 細菌叢(マイクロバイオーム)の研究
    • ネコモルビリウイルスの発見
  4. 遺伝子研究トピックス
    • ゲノム解析からネコの移動の歴史が見えてくる!

1.遺伝子、DNA、ゲノムこれってどう違うの?

「遺伝子」について語られるとき、「DNA」や「ゲノム」といった言葉をよく耳にしませんか。遺伝子、DNA、ゲノム・・・これって同じもの?、それとも別のもの? 時に同義語として、時により厳密に区別して用いられているようです。そこで、最初に3つの違いを整理しておきましょう。

遺伝子は生物の設計図

遺伝子はDNA上にある、生物の体の各部をつくるための重要な情報を記録している領域です。親から子へと受け継がれ、生物の個性を生み出す「設計図」ともいえます。

DNAは遺伝情報を記録している物質

DNAは細胞の核の中にあるデオキシリボ核酸という物質で、二重らせん構造の長いひも状をしています。4種類の塩基から成り、その配列こそが遺伝情報です。DNAには、「遺伝子」以外の部分もあり、そこにはDNAの働き方を調節する情報などが書き込まれています

ゲノムはDNAに記録された全遺伝情報

ゲノムは、DNAに書き込まれた遺伝子と遺伝子以外の部分のすべてを含めた「全遺伝情報」を指します。

3つに分類される「遺伝子検査」

遺伝子関連用語も理解したところで、いよいよ「遺伝子検査」について見ていきましょう。
遺伝子検査といえば、まず思い浮かぶのは、「親子鑑定」や「遺伝性疾患の診断」でしょうか。最近、犬では「行動特性(性格)診断」なども登場してきているようです。
しかし、遺伝子検査はそれだけではありません。医療の分野では主に次の3つに分類され、その応用範囲は大きく広がっています。

1.病原体遺伝子検査

ウイルスや細菌など、感染症を引き起こす病原体を検出・解析する検査。猫の体内に入ってきた病原体の遺伝子を検出するもので、猫自身の遺伝子の検査ではありません。

2.体細胞遺伝子検査

悪性腫瘍(がん細胞)でのみ生じている遺伝子変異を調べる検査。次世代に伝わらない一時的な遺伝子情報(体細胞変異)を調べるものです。

3.生殖細胞系列遺伝子検査

その個体が生まれつきもっていて、生涯にわたり変化することがない遺伝子の配列を調べる検査。親から子に受け継がれる体質や病気(遺伝性疾患)を調べるものです。

それでは、実際にどのような場面で活用されているのか、3つの分野ごとに具体的な事例をご紹介しましょう

1.「感染症」の原因究明

多種類の病原体を一度に検出

例えば猫に感染性の下痢はよく見られますが、「下痢パネル」という遺伝子検査は、一つの検体から、ウイルス・細菌・原虫など多種類の病原体が検出可能。従来の培養検査法に比べ、短時間で、しかも異なる種類の病原体を一度に検査できるのが大きなメリットです。

見つけにくい原虫も高い検出率で

寄生虫のなかでも、トリコモナスやジアルジアなどの原虫は、回虫や条虫などと違い、肉眼では見えず顕微鏡でなければ確認できません。しかも糞便検査での検出率は10〜20%と低く、診断がつきにくいのですが、遺伝子検査なら80〜90%の高い検出率が得られます。

「感染症」の原因究明

2.「悪性腫瘍」治療の判断材料に

リンパ腫の治療方針や予後の判断

リンパ腫は猫に多い悪性腫瘍ですが、由来となる細胞種によって、抗がん剤がよく効くものと効かないものに分かれます。遺伝子検査によって、リンパ腫の確定診断や細胞タイプが明らかになり、治療方針や予後の判断材料になります。

肥満細胞腫の抗がん剤使用の適否

肥満細胞腫のなかでも、ある特定の遺伝子に変異が見られるものは悪性度が高いのですが、よく効く抗がん剤があります。遺伝子検査によって、その遺伝子変異の有無を調べることで、抗がん剤を使うかどうかの判断材料になります。

「悪性腫瘍」治療の判断材料に

3.「遺伝性疾患」のリスク診断

猫の遺伝性疾患は300種以上

親から子へと伝わる猫の遺伝性疾患は現在、300種以上あるともいわれ、眼疾患、発作や麻痺を起こす神経疾患、心臓や腎臓の疾患、骨・関節の異常など多種多様。猫種によって発症しやすいものもあります。
よく知られた遺伝性疾患の例をいくつかあげてみましょう。
例えば眼の病気では「進行性網膜萎縮症」はペルシャやシャム、アビシニアンなどに。神経系では「脊髄性筋委縮症」がメインクーンに見られます。心臓や腎臓の疾患では、「肥大型心筋症」がメインクーンやラグドールに、「多発性嚢胞腎」がペルシャやペルシャ交雑種、アメリカンショートヘアなどに多く見られます。また関節系では、スコティッシュ・フォールド特有の病気として「骨瘤(遺伝性骨形成異常症)」があります。

遺伝子検査を受ける意味

こうした病気のリスクを、あらかじめ遺伝子検査で知っておくことは、遺伝性疾患をもった猫を交配によって新たに増やさないために非常に有効な手段です。また発症リスクを知っておくことで、疾患によっては、発症を早期に発見して進行を遅らせるなど、対策を講じることもできます。

「遺伝性疾患」のリスク診断

3.こんな研究も進行中!

細菌叢(マイクロバイオーム)の研究

人と同様に、腸内や口内の細菌叢(善玉菌・悪玉菌・日和見菌によって構成)の研究が注目されています。それを可能にしたのが、メタゲノム解析という最新技術。糞便や唾液などから、多様な菌が混ざった状態でDNAを抽出し、その遺伝情報をまとめて解読して、どんな菌がいるのかを余さず明らかにすることができます。
細菌叢は、動物種や年齢、飼育環境などによってバランスが異なり、細菌の種類や比率によって、健康に影響を及ぼすことがわかっています。今後は細菌叢の検査によって、ある種の疾患の発生予測ができるようになるかもしれません。すでに、犬では特定の細菌の増加が、皮膚疾患や消化器疾患などの発症と関連があることがわかってきているそうです。

ネコモルビリウイルスの発見

多くの動物種にはモルビリウイルス属のウイルスによる感染症があるのに、なぜか猫にだけは長くこの属のウイルスによる感染症が確認されていませんでした。それが、遺伝子解析技術の進歩により、2012年、初めてネコモルビリウイルス(FeMV)が発見され、以降、次々と感染例が確認されています。
FeMVと病気との関連を調べたところ、慢性腎不全につながる尿細管間質性腎炎との関連性が判明。FeMV感染を予防することで、慢性腎不全の発症率を下げられるのでは?と期待が高まりました。慢性腎不全は多くの高齢猫がかかる重要な疾患だけに、今後の研究が注目されています。

こんな研究も進行中!

4.遺伝子研究トピックス

ゲノム解析からネコ移動の歴史が見えてくる!

イエネコの祖先はリビアヤマネコで、約1万年前、中東で家畜化されたのが始まりとされています。イエネコは、その後、どのような経緯をたどって、世界に広がっていったのでしょうか。
2015年、京都大学ウイルス研究所の宮沢孝幸准教授らの研究チーム※が、イエネコのゲノムに残されたレトロウイルス感染の痕跡(内在性レトロウイルス)をたどることで、イエネコの移動の歴史が解明できると発表しました。

研究チームは、欧米や日本のさまざまなイエネコのDNA配列を比較し、過去に感染した「内在性ウイルス」の痕跡を調べました。その結果、ヨーロピアンショートヘア、アメリカンショートヘア、アメリカンカールなど欧米のネコの半数以上に、従来知られていない新たな内在性レトロウイルスを発見。対して、アジアのネコにはわずか4%しか見つかりませんでした。中東で家畜化されたイエネコのうち、ヨーロッパに向かった一部の集団のみに感染したと推察されます。

スカンジナビア半島の土着ネコが元となったヨーロピアンショートヘアがイギリスへ渡り、さらに17世紀、メイフラワー号で米国へと上陸し、アメリカンショートヘアやアメリカンカールが作られたといわれていますが、それを裏付ける結果に。
このことから、新しい内在性レトロウイルスが、イエネコの各品種の起源を知るうえで、役立つマーカーとして使えることがわかりました。今後、この研究を進めていくことで、ネコの移動の歴史がより明らかになっていくのではないかと期待されています。

※宮沢孝幸 京都大学ウイルス研究所准教授、下出紗弓 医学研究科博士課程学生4年(日本学術振興会特別研究員DC2)、中川草 東海大学助教らの研究グループ。論文は2015年2月2日付国際学術雑誌「Scientific Reports」に掲載。

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