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がんばろう日本 飼い主を失った被災動物の新しい出会い インタビュー

被災地の仙台市動物管理センターからわんちゃんねこちゃんを迎えた新しい飼い主さんにお話をお伺いいたしました。

被災犬の里親さんインタビュー

ナシラとの出会いが
私の支えになりました。

近藤ナシラちゃん&百合さん(仙台市在住)

■津波ではあまりに多くのものを失いました。

あの震災と津波で、近藤さんの住む荒浜地区は壊滅状態でした。
「震災時は仕事で外出中でした。自宅に戻ると家の基礎と庭石数個くらいしかありませんでした。」

ご自宅には写真館を営んでおられたご主人がいらっしゃいましたが、助からなかったそうです。
「それでも当時飼っていた愛犬のスピカはどこかにいるかもと探していたところ、
動物管理センターのホームページで、スピカに似た子の捜索依頼をみつけました。」

■主人とスピカがくれためぐり会わせ。

「実際に会うと、すぐにスピカではないと分かりました。
でも、私の手をやさしく舐めてくれて…。心が揺れました」
決心がつかずにいたところ、動物管理センター内でスピカちゃんの写真を見つけたそうです。
「実はスピカも動物管理センターで引き取ったんです。
そのスピカの写真は主人が撮影し、年賀状として送っていたものでした。」
ご主人が撮った写真は全て津波にさらわれており、その年賀状は、数少ない一枚だったのです。
「この瞬間、主人とスピカがナシラにめぐり会わせてくれたと感じました。」
高齢犬で心臓病の心配があると言われても、もうナシラちゃん以外、引き取る気にならなかったと言います。

「新しい生活に慣れるまでは、餌を食べたがらず心配で、よぼよぼのおじいさんかと
思っていたのですが、どんどん元気になって。最近はわがままも言うんです」
近藤さんの表情がほころびます。

「私がナシラに与えるものよりも、ナシラからもらうものの方がずっと多いんですよ」
満面の笑みでそうおっしゃる近藤さんの様子に、こちらまで嬉しくて、心が温かくなりました。

被災猫の里親さんインタビュー

被災地の力になりたかった。

津熊うーたんちゃん&動物看護士の里実さん(大阪府在住)

■「自分に何ができるだろう

津熊さんは、七月に被災地での状況を知るために、看護士として現地を見学される機会があり、
そのときに、仙台市動物管理センターへ行かれました。
被災地での様子をTVやセミナーなどで聞く度に
看護士としてできること、“自分にできることは何だろう”
ということを、考えるようになっていたそうです。

「そのときに仙台市動物管理センターで、保護されている猫ちゃんたちを見せてもらうことができました。
センターのほうでは、環境も清潔にされており愛情をかけて育てられていたのがわかりました。
見知らぬところにいて、おびえてしまうのかと思っていたのですが、
とても人懐っこく、人が近づくだけで、手をもみもみさせ、
リラックスしている子が居て、びっくりしました。」
昔から動物が大好きで、一人暮らしをしてからもペットと暮らしたいという気持ちがずっとあった津熊さん。
“里親になること”も被災地の助けになるならという気持ちになったそうです。

■九月に被災地での譲渡会に参加して

何度も譲渡会は行われているけれども、
やはり人気なのは子猫たちで、成猫たちは譲渡が少ないようでした。
「はじめに訪れてから、二ヵ月経ち、子猫は顔ぶれが変っていたのですが、
成猫たちは譲渡が少ないようで、あまり変っていなかったように思えました。
その中で、成猫だけれどもやたら人懐っこい子だなと思っていた子が、うーたんでした。
しっぽにケガはしていましたが、とても懐いてくれたので。引き取ることを決めました。」
それから、仙台市動物管理センターで里親の条件を確認して、新幹線で一緒に大阪に帰ったそうです。

▲初めておうちに来たときからこの調子で、とてもリラックスしていました(笑)。

■津熊さんからみなさまへ向けてのメッセージ

大阪にいるとなかなか実感がわきませんが、
被災地に行ったり、セミナーなどでお話を聞くだけでも
まだ震災の傷を抱えている人が多くいることがわかりました。
今回、“自分になにかできないか”考えた結果、うーたんと出会い・迎えることになったのですが、
他に何かできることがないか、もっと見つけたいなと思います。
日にちが経ったり、被災地から離れた場所にいると、気持ちが薄れていってしまうことがありますが、
そんな中、“自分にどんなことができるのか”を考えながら
小さいことからでもしていくことが大切なのではないか、と思いました。