ふと読みたくなる、猫の本

アブサン物語 (河出文庫―文芸コレクション)

Vol.8

アブサン物語
(河出文庫―文芸コレクション)

村松友視 著
河出文庫-文藝コレクション
定価483円

猫を飼い始めるとき、「もらった」が
はじめの一歩であった人は、多いのではないでしょうか。
作家の村松友視さんも、その一人。

彼がまだ編集者として出版社に勤めていた頃、
かつての上司から猫をもらうことになります。
正確には
「“なぜか”という謎の招きで、出会った」そうだ。
上司である人物が日比谷公園を歩いていると、
茂みから一匹の子猫が顔を出した。
彼はその猫と“出会い”、そして抱き上げ、
出版社へ連れて行く。そこで村松氏に“声がかかった”のだった。
村松氏はこれを、運命だという。

そうして村松家にやってきた猫はアブサンと名付けられ、
猫を飼ったことがない奥さん、
猫との生活経験者として最初だけは奥さんよりも優位に立っていた村松氏と
暮らすことになるのでした。

アブサン、それから村松家で21年間を過ごします。
その間の日々が作家によって綴られた、それがこの作品。
去勢に悩み、家ネコにしてしまったことの善し悪しに悩み、
アブサンが奥さんになついていることへ嫉妬する。
そんな毎日が、読む人には自分のことのように思えるハズ。
作家が綴る文章らしからぬやわらかさで、
アブサンと村松夫妻との日々が、そこにある。
それもこの作品のおもしろさではないでしょうか。

やわらかい文章の合間にみえる、アブサンの描写、
家ネコたるアブサンが外へ出てしまったときの村松氏の狼狽ぶり、
それを冷ややかに見つめる奥さん…。
家の中で動物を飼うということ、
とりわけ猫を飼うということは、
淡々と過ぎていくと思われる日々が、
実はこんなにドラマチックである、ということを見せてくれます。
それがやわらかな文章で綴られているから、
読んでいるとほのぼのとした気持ちになるのです。

しかし、その文体が後半になると
多少緊張感を持ち始めます。
アブサン大往生のくだりです。
人間でいうと100歳を越える高齢となり、
少しずつ弱っていくアブサンを見守る夫妻。
そして、死。
「この野郎、達人の死に方しやがって……」
感服を精一杯込めた村松氏のこのセリフが、
アブサンの大往生ぶりを物語っています。
そんなエピローグ「アブサンは何処へ」は
そこまでの文体との違いなども含めて、
じっくり読んでいただければ。

ちなみに村松氏のアブサンに関する作品は
このあと
「帰ってきたアブサン」「アブサンの置き土産」へと続きます。
あわせてもちらも、読んでみてください。