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木村佳友さんインタビュー介助犬シンシアとともに社会参加への道を切り開く

介助犬シンシアとともに社会参加への道を切り開く

木村佳友さん (兵庫県宝塚市在住・日本介助犬アカデミー理事)
http://homepage3.nifty.com/cynthia/

15年前、バイク事故によって頚髄を損傷し、下半身麻痺と手先の自由がきかないなどの障害を負った木村さん。病院や専門施設での3年半に及ぶリハビリ生活を経て自宅へ戻り、1年後、コンピュータを扱う在宅勤務の嘱託社員として復職を果たしました。恵まれた環境とはいえ、ひとりでコンピュータに向かう日々には、フロッピーひとつ落としただけでも仕事が止まってしまう不便さがつきまとっていたのです。そんな折り、介助犬のことを知り、ちょうどペットとして飼い始めたラブラドールレトリバーのシンシアが介助犬育成団体の適性検査に合格し、介助犬としての訓練を受けることに。約5カ月の基礎訓練・介助動作訓練や約1カ月の合同訓練を経て、介助犬協会から’96年7月に介助犬として認定されたシンシアとともに、二人三脚で社会参加への道を歩み続けてきました。勤務のかたわら、講演活動や行政への働きかけなどを通して、介助犬の普及に尽力。その甲斐あって、このたび身体障害者補助犬法が制定され、今年の10月から施行されました。これま での道程を振り返りながら、お話をうかがいました。

自分の身体の一部のように介助してくれるシンシア

――普段の生活の中で、木村さんはシンシアに介助犬(※注1)としてどんなことをしてもらっているのですか。

僕は在宅勤務をしているんですが、妻は仕事で出かけますので、日中は自宅でシンシアと2人です。それでドアを開けてもらったり、落としたフロッピーディスクやキーボードを打つ装具を拾ってもらったり、新聞やリモコンなど指示したものを持ってきてもらっています。冷蔵庫からジュースを取ってもらうこともありますよ。それに、たまに、ベッドから車椅子へ移動しようとして、床にずり落ちてしまうようなこともあるんですよ。そんな時にもシンシアに頼めば電話を持ってきてくれるので、妻やご近所の方に電話して助けを呼ぶことができます。毎日の生活の中でシンシアの存在はなくてはならないものです。

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――介助犬として訓練をうけ、戻ってきたときから、すぐ期待どおりに言うことをきいてくれたんでしょうか。

いや、最初は全然ダメでした。僕も、専門のトレーナーの方に訓練されてるわけですから、すぐに言うことをきくのかと思ってたんですけどね。トレーナーの人が「テイク電話、テイク新聞」といえばすぐ持ってくるんです。「すごいな、ちゃんと訓練すればこんなにいいワンちゃんになるんだ」と感心したんですけど、僕が言ったらきかない。ところが妻の言うことはきくんですよ。それが一番腹が立ってね。もっとも、訓練に行く前は、シンシアの世話は妻がしていて、僕はやんちゃ盛りのシンシアにふれるとぶっとばされましたから、あんまりコンタクトを持ってなかったんです。だから、今思うとしかたなかったんですよ。

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――そんな状態からどのようにして言うことをきいてくれるようになったのですか。

トレーナーの方が我が家へ泊まり込んで、約1カ月の合同トレーニングを受けました。僕の言うことをきいてもらおうと思ったら、信頼関係を築いて主導権を握らないといけません。そのためにまず、シンシアを常によく見て、何を考えているのか推し量るように言われました。最初はさっぱりわかりませんでしたが、そのうち「あ、あの電柱に行こうとしているな」「次の角を左へ曲がろうとしているな」となんとなくわかってきたんです。そんな時、あえて逆の指示を出して主導権は自分にあることをだんだん認めさせていきました。不思議なもので、僕が慣れてくるにしたがって、シンシアもこちらをチラチラ見るようになりましてね。といっても、すぐに言うことをきいてくれるわけではありません。指示を出して無視をされても、あきらめずに何度もくり返しました。

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――はじめて指示に従ってくれたのは?

合同トレーニングを始めて3週間ほどたったころ、靴をはこうとしたときに落としてしまいましてね。ちょうどそばに誰もいなくて、「シンシア、テイク靴!」と叫んでみたんです。シンシアはそばに来るものの指示には従わなくて、何度もくり返すうち、渋々靴をとってくれて…。20分間かかりましたが、その時はうれしくて涙が出 ました。トレーナーの人が東京へ帰ってからもひとりで訓練を続け、3カ月くらいするとしっくりいくようになりました。しだいに自分の手を動かすのと同じような感覚で、シンシアが動いてくれるようになったんです。

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――介助の内容は、トレーナーに訓練を受けたことに限られるんですか。

シンシア期待以上のこともありました。シンシアの場合、高速とか駐車場のチケットを取れるようになったんです。僕は車の運転はできますが、指が動かないので、それまでは後ろの車の人に窓をあけて大きな声で頼まないといけなかったんです。それで「シンシアが取ってくれたらいいのにな」と思って、家の駐車場で練習しました。妻が段ボ ールに穴を開けて、カードをピッと出してくれてね。1週間もしたらすぐできるようになったんですよ。誰かが手伝ってくれれば、自分のニーズに合わせて介助の仕事を覚えてくれるんだとわかって、ちょっとびっくりしました。


介助犬はどんな犬?
簡単にいうと、介助犬は肢体障害者の日常生活の動作をサポートするように訓練された犬のことです。障害は人によって違いますから、介助する内容もさまざまです。落としたものを拾って渡す、テレビのリモコンや電話などをつかんでもってくる、ドアの開閉、エレベーターのボタンを押す、衣類の着脱の介助など、肢体障害者のニーズに合わせて訓練します。現在、日本では20頭ほどの介助犬が活躍しています。盲導犬と同じようにラブラドールレトリバーが多いですが、適性があれば必ずしもこの犬種でなくてもかまいません。

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