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犬・猫の不妊・去勢手術のメリットとデメリット

不妊・去勢手術の問題点

不妊・去勢手術は以上に示した利点だけではなく、いくつかの欠点(後遺症・副作用)を持っています(表1)。もちろん、これらの問題点は、動物の年齢、手術前の生殖器疾患およびその他の病気(糖尿病、うっ血性心不全、血液凝固不全など)の有無などによって異なります。  以下に、いくつかの問題点について解説します。

麻酔のリスク

問題点の1つは、麻酔に対するリスクです。不妊・去勢手術は、全身麻酔を必要とします。手術方法は、骨折や腫瘍の摘出などの手術に比較すると簡単な手技で行えますが、麻酔に対するリスクは同様であり、その危険性は0%であるとはいえません。麻酔前の健康診断において問題がない場合は麻酔に対する問題はないと思われますが、中には麻酔に対してアレルギーを持っている場合や、ブルドックやフレンチブルドック、ボストンテリアなどの短頭種では麻酔後に気道が閉塞してしまう危険性も生じるため、全身麻酔に関しては十分に慎重にならないといけません。

肥満

不妊・去勢手術を行った後に、肥満になる犬や猫が多くみられます。これは手術後、基礎代謝率の減少によりカロリー要求量が減ります。また、行動範囲が狭まることからも運動量が減りますが、食欲は変わらないか増加する傾向にあるため、その食欲にあわせて食事を与えていると太ってしまうのです。

ただ、不妊・去勢手術後にも一定の食事を与え、適度な規則正しい運動をする場合、体重は一定で維持ができ、過度の肥満になることを予防できることが報告されています。すなわち、手術をおこなった犬や猫は、食べ物を与えるだけ与えたら摂食量が増え体重も増えますが、もし摂食量が規則正しいならば、手術後に過度な体重の増加はみられないのです。

また、不妊手術を行った犬・猫専用のカロリーが低い食事も市販されているので、これらを利用することで、体重のコントロールができると思われます。犬や猫が一度肥満になると、その体重を減らすことは難しいため、十分な注意が必要です。

尿失禁

大型犬では、雌の不妊手術の副作用として尿失禁(尿漏れ)が問題となります。尿失禁とは、膀胱や尿道に炎症などの異常がないにもかかわらず、起きているときは尿を漏らさないが、眠っていて起きるときに漏らしたり、興奮したりしたときに尿を漏らしたりするものをいいます。

これは卵巣から分泌されるエストロジェンなどの性ホルモンが膀胱括約筋の収縮に関与していると考えられ、このホルモンの分泌がなくなることによって、この括約筋が弛緩して尿失禁が起こると考えられていますが、直接的な関係は証明されていません。ただ、その治療としてエストロジェンというホルモンの投与により症状が改善されるため、この尿失禁は「エストロジェン反応性尿失禁」と呼ばれています。

大型犬での尿失禁の発症率は、海外の報告では5~20%ぐらいで、小型犬での発症は少ないと考えられています。また、発症までには手術後約2年ぐらいかかるといわれています。尿失禁の治療には、長期的なホルモン剤の投与が必要となり、薬の副作用について考慮しながら、その後寿命が来るまで薬を飲まなくてはいけないこともあります。

縫合系のアレルギー反応

手術時の卵巣と子宮の血管を結ぶ縫合糸としては、従来、絹糸が使用されてきました。ただ、この縫合糸による異物反応が過剰に起こり、雌では脇腹や外陰部から、雄では鼠径部や大腿部の内側から排液(膿様液)が起こることがあります。抗生物質を投与すると一時的に反応しますが、投与をやめると再発してしまいます。

これは免疫介在性の疾患であると考えられていますが、その病因については詳細に解明されておりません。最近では、この縫合糸との異常反応を避けるために、縫合には絹糸ではなく、異物反応が起こりにくい特別な吸収糸を使用します。特に、ミニチュアダックスフンドにおいてこの異物反応が好発することが知られているため、手術を行う際には注意をした方がいいでしょう。

手術後の発情回帰

不妊手術を行ったにもかかわらず、発情徴候がみられる犬・猫がいます。この原因の1つとして、狭い手術創で卵巣を取り出して手術を行うための卵巣の取り残しであることが考えられています。特に肥満した雌犬の手術時には脂肪で見えにくいため、起こりやすいと考えられています。また猫では、卵巣以外の部分に卵巣がある異所性卵巣(副卵巣)の存在が報告されています。これらの現象を総称して、卵巣遺残症候群と呼んでいます。

このように、不適切な卵巣の摘出がある場合、少しでも子宮が残っていると、子宮(断端)蓄膿症を起こしてしまう可能性があります。手術後、発情徴候がみられた場合、再手術による摘出が必要となるかもしれません。

特定の疾患の発生率の増加

前立腺癌、膀胱腫瘍、血管肉腫および骨肉腫などの悪性腫瘍の発生、前十字靱帯の断裂、甲状腺機能低下症などの疾患は、卵巣または精巣を摘出した動物では、摘出していない動物よりもその発症率が増加したとの報告があります。

ただ、これらの疾病との因果関係はまだ十分に証明されていませんし、その発症率は不妊・去勢手術を行うことによって予防できる疾病の発症率よりは低いため、問題にはならないと考えられています。

その他の問題点

去勢をすると尿道が閉塞しやすいといわれていますが、ある研究者の報告では去勢後も尿路の大きさは変わらないことが報告されています。また、犬では不妊・去勢手術を行っても使役犬としての能力やトレーニング能力においては有意差がみられないとの報告がありますので、訓練能力に対する心配はいらないと考えられます。

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