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犬・猫の不妊・去勢手術のメリットとデメリット

性ホルモンに関連した疾病の発病防止

現在までに、卵巣または精巣から分泌される性ホルモンに関連して、多くの疾病が起こることが明らかとなってきました。

雌動物において、子宮蓄膿症(図1)という疾患があります。これは未経産の高齢の雌犬で多くの発症がみられ、子宮の細菌感染による膿様物が子宮内に貯留し、治療が遅れるとその細菌が産生する毒素によって死に至る可能性もある病気です。この疾患は、卵巣(黄体)から分泌されるプロジェステロンというホルモンがその発症に関与することが明らかにされており、このホルモンが長期間、子宮へ感作することによって子宮に細菌感染を起こしやすい状況を作り出しているのです。すなわち、不妊手術(卵巣を摘出する手術だけでも)を行うことによって、この病気の発症を予防することができます。

図1.
犬の子宮蓄膿症
子宮が腫大し、中には膿液が貯留している。

犬の子宮蓄膿症

乳腺にできる腫瘍(乳腺腫瘍)も、卵巣摘出(不妊手術)とその発症率に関係があることが明らかにされています。犬の乳腺腫瘍の平均発症年齢は10~11歳で、発症率は全腫瘍の約30%で、その約50%が悪性腫瘍といわれています。その発症には妊娠の有無や発情周期の異常などは関係がありませんが、ある研究者の報告では、初回発情前の卵巣摘出、初回発情後の卵巣摘出、2回以上発情を発現した後の卵巣摘出では、乳腺腫瘍の発症率はそれぞれ0.5%、8%、26%であるとされており、発情の回数と深い関係があります。すなわち、早期に不妊手術(卵巣摘出)を行うとその発症率が低くなるのです(図2)。

図2.
卵巣摘出と犬の乳腺腫瘍の発症率の関係
(Schneider,R. et al. J.Natl.Cancer Inst. 43,1249-1261,1969)

卵巣摘出と犬の乳腺腫瘍の発症率の関係

猫の乳腺腫瘍は、発症率は全腫瘍の約17%ですが、その80~90%は悪性(腺癌が80%以上)であるといわれているため、重篤な問題となっています。犬と同様に猫においても、6ヶ月齢以前に不妊手術を行った場合では91%、1歳齢までに行った場合では86%、非避妊雌に比べて乳腺癌を発症するリスクの減少がみられたことが報告されており、1歳齢までに不妊手術を受けた猫は、乳腺癌を発症するリスクが明らかに減少することが明らかとなっています。このように、犬も猫も早期(性成熟前)に不妊手術(卵巣摘出)を行うことによって、乳腺腫瘍の発症率を低下させることができるのです。 雄犬では高齢で起こる病気として、血尿や排便障害、後肢の跛行などの症状を起こす前立腺肥大症があります。この病気も精巣から分泌されるアンドロジェンというホルモンがその発症に関与していることが知られており、去勢手術を行うことでこの病気の発症を予防することができます。 また雄の精巣は生まれた時には腹腔内にありますが、犬では生後30日、猫では生後21日かけて、陰嚢内に精巣が下降します。しかし、中にはこれが腹腔内や鼠径部にとどまってしまい、陰嚢内に精巣が下降しないものがあります。これは潜在精巣という疾患です。潜在した精巣は精子を作ることができないため子供をつくることはできないのですが、性ホルモンの分泌は行われますので、性行動やホルモンに関連した生殖器の病気を起こします。また潜在した精巣は陰嚢内の精巣に比較して、約10倍以上の確率で精巣腫瘍を発症しやすいのです。

この腫瘍の中には、エストロジェンというホルモンを高濃度に産生するもの(セルトリ細胞腫)があります。このエストロジェンが高濃度かつ持続的に分泌されると、不可逆性の骨髄抑制を起こす可能性があり、死に至ることがあります。腹腔内で腫瘍化した場合、気がついた時には手遅れになってしまうこともあります。従って、腫瘍化する前に潜在した精巣を早期に摘出する手術を行う必要があります。

また、会陰ヘルニアと肛門周囲腺腫という病気は、雌よりも雄でその発症が多く、雄の性ホルモンがその発症に関与しているといわれており、去勢手術を行うことによってその発症を抑制できると考えられています。

以上のことから、雄も雌も不妊・去勢手術を行うことによって、多くの性ホルモンに関連した重篤な疾病を予防することができるのです。

性ホルモンに関連した問題行動の抑制

犬よりも猫においては、この性ホルモンに関連した問題行動の抑制が、不妊・去勢手術の主な目的であると思われます。

雌猫は発情が起こると、激しい鳴き声で泣くようになります。これは特にマンションなどの集合住宅で飼育している飼い主さんにとっては問題になることだと思います。

雄猫は他の雄へ攻撃性を持ったり、縄張り意識のマーキングのためスプレー行動をしたり、外へ出たがる逃走癖があります。外に出ることによって、他の雄との喧嘩による外傷、伝染病および交通事故などの可能性が増えてしまうかもしれません。

雌犬では発情がくると、外陰部から発情出血があり、最近では屋内で飼育している場合が多いため、それを煩わしいと考える方も少なくないと思います。また発情が終了した後に、妊娠していないのに乳腺が腫大してしまう「偽妊娠」が起こることがあります。この状態になると、雌犬は食欲が低下し、神経質になり、おもちゃをかわいががって離さないなどの行動を示し、飼い主さんを困らせてしまうかもしれません。

雄犬も雄猫と同様にマーキングのため尿を至る所に頻繁にしたり、他の雄犬への攻撃性を起こすことがありますし、性的な不満足さから飼い主や物へのマウンティング行動を起こしたりもします。 このような行動は全て性ホルモンの働きによって起こると考えられるため、不妊・去勢手術を行うことによって、これらの問題行動を抑制することができます。同時に、行動範囲が狭まることで、伝染病の感染率や、交通事故による外傷などの予防になります。ただ、これらの行動には学習が関係すると考えられるので、一度学習してしまうと性ホルモンの分泌がなくなっても行動を抑制することが難しくなるため、できるだけ早期の手術が必要になると考えられます。

また、雄と雌が同居している場合や、近所に異性が住んでいてその臭いがするなどの場合に、不妊・去勢手術を行っていない犬・猫は、繁殖が可能でないためにストレスの原因になってしまうこともあります。そのため、不妊・去勢手術を行うことは、これらのストレスを除去し、精神的にも安定できると考えられます。