健康・しつけ・くらし記事 獣医師さんのアドバイス

じゃれ猫ルーム
犬が社会的行動を営む動物であり、社会的な生活集団、すなわちリーダーを筆頭とする群れを形成して生活している、というのはよく知られています。そして、猫は単独生活をする動物であり、社会的な行動を行うのは交尾などの繁殖時期のみと考えられていました。
 しかし、実際には猫も犬とは異なった形ではありますが、社会的な生活を営んでいることをご存知でしょうか?猫は決して孤高の生き物ではありません。もしも、猫が本当に単独生活を行う生き物であるならば、人間と共に生きる猫は皆無でしょう。ですが、実際、私たちの身近にはたくさんの猫たちが暮らしています。猫同士、また猫と人で、場合によっては猫と犬であれ、愛し愛され、生きているのではありませんか?
猫の幼齢期の発達 新生子期 感受期 社会化期

猫の幼齢期の発達
 猫は犬社会よりは緩やかな繋がりではありますが、グループのようなものを作っています。そのため、犬と同じように猫も社会性を幼い頃から周囲の親猫、兄弟猫から教えられ、身に付けていきます。
 猫の幼齢期の行動上の発育は次のように分けることが出来ます。新生子期(出生後~生後2週齢まで=目が見える時期まで)感受期(生後2週齢~生後7週齢まで)

感受期を『移行期(生後3週齢まで)』、『社会化期(生後3~7週齢)』とわけることもあります。移行期はその名の通り、新生子である段階から、感覚器が急速に発達し、周囲環境への興味が発達していく段階、新生子から社会化を行えるようになるための身体の発達段階のことです。


新生子期
子猫は一日のほとんどを眠りについやし、起きた時はミルクを飲み、排泄をするという、最も単純な生活パターンを繰り返しています。ですが、この時期の新生子は完璧な環境である子宮の中から、外界という、様々な外部刺激の多い環境に生まれでたばかりです。そのため、新しい環境に適応できるかどうか(生き残れるかどうか)という大変重要な期間でもあるのです。
 特に生後の2日間は新生子に『環境の激変』という過大なストレスがかかっている( ★1)ため、できるだけ母動物との接触(★2)を邪魔しないで、子猫を静かな環境下においてあげること、人間が過剰に触らないことが大切となってきます。  新生子期に推奨される環境とは母動物が産箱として探すような、静かで、暖かく (暑すぎない)、すこし薄暗い閉ざされた空間で、外部からの刺激が少ないという環境です。母猫が育児を落ち着いてできるように、また新生子にあまりストレスがかからない環境を整えてあげてください。

この時期は、まったく飼い主が手を出してはいけないということではなく、出生後48時間以上が過ぎ、母親が落ち着いた状況では、すこしずつ飼い主の匂いに慣らすこと、また軽度のストレス(体位の変動や照明など)は問題ないと考えられています。
 出生時の体重測定、また経時的に体重を計ることは、母猫が嫌がらなければ、子猫の成長状態の把握のために大切なこととなります。また、子猫の成長が順調であれば母猫の体調も良いということを意味するので、母猫の健康管理(★3)の意味もかねて子猫の体重管理は大切となってきます。子猫の体重に関しては1時間目の授業を参考にしてください。

★1. 自然はうまくしたもので、このストレスに対応するために必要な、また、その後子猫が発育していく上で必要な蛋白質やその他の栄養素を充分に含んだ母乳を母猫はこの時期に分泌します。これを初乳といいます。この初乳は幾つかの役割があります。(表1)

★2. 母猫との接触は、視覚、聴覚などが発達していず、触覚と嗅覚が感覚のメインである新生子の段階では大変重要な知覚となっています。柔らかな母猫の体との接触を少なくしてしまうと将来情緒不安定になってしまう可能性があります。
 
★3.この時期の母動物の栄養状態が新生児に直接関わってきますので、母動物の栄養状態にも管理が必要となります。母猫さんが充分な栄養を摂取できるように注意してあげてください。母猫さんの栄養管理に関しては表2を参照してください。

表1. 初乳の役割
1 移行抗体の授与
2 腸管内の細菌叢の正常化
3 低血糖の予防
4 胎便の排出促進
5 虚弱児の排除
表2. 授乳期母猫の栄養管理
授乳週 一日に必要なエネルギー量(Kcal)
1~2 RER+子猫1匹あたり30%
3 RER+子猫1匹あたり45%
4 RER+子猫1匹あたり55%
5 RER+子猫1匹あたり65%
6 RER+子猫1匹あたり90%

※RER:安静時エネルギー要求量
RER=70×BW0.75 または70+30×B.W.(Kcal)
例:体重4kg.の母猫で子猫が3匹いる場合
授乳1~2週目 :RER=70+30×4(母猫の体重)=190Kcal 

*一日に必要なエネルギー=190+3(子猫の数)×30=280Kcal
授乳3週目 :RER=70+30×4(母猫の体重)=190Kcal 
*一日に必要なエネルギー=190+3(子猫の数)×45=325Kcal
 この表はあくまでも目安です。猫によって個体差があり、これ以上のカロリーを必要とする場合もあれば、これより少ないカロリーで充分な場合もあります。妊娠期から授乳期にかけては、母猫に対して自由採食(いつでも、新鮮なフードが食べられる状態)が望ましいとされています。出産後に増加した体重も授乳開始6~7週目を過ぎるころには、母猫の体重は交配前の体重に戻っていることでしょう。それまでの母猫の食事に関しては、消化率の良いフード、例えば子猫用のフードなどが推奨されます。それ以降は通常のフードに徐々に戻してあげると良いでしょう。

感受期
生後2週齢を過ぎた頃から子猫は視覚、聴覚、そして歩行能力を獲得します。これらの能力は周囲環境への探索行動にとって欠かせないものです。この能力を獲得した後の約5週間を感受期といいます。
 感受期の子猫は『恐れ』という感情の閾値が一番低い状態です。『恐れ』の感情が低いという事は、言い換えれば周囲環境の様々なことに対して興味を持ち、刺激を受け、学習し、適応していくことが生涯の中で最も柔軟に行えるということです。

 この時期、通常子猫は母猫に保護され、母猫の監督の下、体の発育に伴って徐々に行動範囲を広げていきます。そのため母猫の性格、行動範囲、教育能力は子猫の社会性および感情の発達に重要な役割を果たします。また、ネズミや鳥を捕る、などといった技能だけでなく、人との交わり方にたいする影響も母猫から受け継ぐようです。 感受期の子猫は、個体差はありますが、好奇心旺盛です。様々な刺激との接触を繰り返し、母猫からどのように物事に対処するのかを教わり、探索範囲を広げていきます。探索範囲が広がるにつれ、更に新しい刺激、環境に適応することを学び、脅威に対処するために生まれつき備わった行動パターン(本能)を臨機応変に利用していくようになります

感受期には将来的に目にする、また、係わる可能性のある物を見せ、聞かせ、触れさせ、それらに慣れさせるようにしましょう。例えば、通常の家庭にある洗濯機、掃除機(動かしていない状態から始め、遠くで作動させる、次は近くで作動させる)それぞれの家庭での台所で使用する物やその時の音といった、日常生活で使用されている物(オーディオ、テレビ製品)や音、匂いなどを最初は遠くから見せたり聞かせたりします。『恐れ』の感情が出ない、つまり怯えずに「何かな?」と興味だけを持ような距離から始めましょう。

ワクチンの接種が終わっていない状況では、ワクチンを接種していない猫との接触や土壌との接触は避けます。しかし、この時期にまったく外に出さない、というのであれば外の環境に慣れることができません。始めはキャリーバック、次にキャリーバックによって家の中を運ばれること、そして電車や車に乗ること、といったことをこの頃から始めると車や電車の移動を怖がらない子になるかもしれません。長時間行うと『恐れ』の方が強くなる可能性があるので、短時間・短距離で行いましょう。また、それら新しいことの後には「嬉しいこと、楽しいことが待っている!」というように、おやつやおもちゃで遊ぶなどといった工夫をすると、新しいことに対して良い印象を与えることになるでしょう。

社会化期
 兄弟猫や同年代の子猫との接触も子猫の発達に重要な役割を果たします。子猫同士で遊ぶ、じゃれあうことによって、猫同士の付き合い方を学んでいきます。また、もしこの時、母猫以外の社会化の成されている成猫と出会うような環境であれば、成猫との付き合いも学んでいきます。

 感受期に人と接する経験のあった猫は、人に対し友好的になる可能性が高いようです。少なくとも4人以上の様々な人間(男性・女性・大人・子供・老人など)と出会う機会を作るようにしましょう。但し、出会う人は必ず猫に対して理解のある、猫の扱いに慣れている人、もしくは猫の扱い方に対して協力してくれるような人を選ぶようにしてください。『恐れ』に対する感受性が低いといっても、『恐れ』は感じるのですから…。また、特定の人とだけ密接な関係を作ってしまうと、将来的に分離不安症や来客恐怖症といった問題行動を誘発してしまうこともありますので、くれぐれも過保護にはなりませんように♪依存ではなく共生の関係を作っていきましょう。

感受期は生後7週齢までといいますが、生き物なので厳密に時期を区切ることはできません。徐々に成長していく子猫たち、その感受性の豊かな時期は猫それぞれであり、感受性の低下も猫それぞれなのです。例え大人の猫であっても、新たな刺激、出来事に対応していくことは可能です。ただし、少し根気と時間が必要かもしれませんが。

もしも、不幸にして親がいない子猫と遭遇することがあったとき…
 新生子期、感受期に母猫の代わりをしてあげてください。そして、もしも様々な事情が許し、余裕があるのであれば、1匹ではなく、2匹の猫を同時に、もしくは少し時期がずれても良いので、皆さんの手で育ててあげてください。または、同年代の子猫と一緒に遊ばせる機会を作ってください。その経験があれば、将来もう一匹猫を増やした時にも、その猫は相手の猫に対して適応できるかもしれませんから…。