健康・しつけ・くらし記事 獣医師さんのアドバイス

失明して失ったものも多いけどモネとの生活はそれを差し引いても余りある

島田剛さん(兵庫県神戸市在住・兵庫県盲導犬協会理事 盲導犬ユーザー)

命を助けてもらううち理屈を超えて信頼が生まれる

──今のような一体感が持てるようになるにはどれくらいかかりましたか。

 1年半くらいです。そのころ、モネと歩いていて野良犬に襲われましてね。盲導犬はいろんなとこに行かなくちゃいけないから、他の犬のテリトリーに入ってしまって襲われることも多いんです。そのときも野良犬がダダダと走ってきたから、私が間に入って、30kgのモネを抱きかかえました。犬は盲導犬に対して怒っているわけだから、よほどのことがない限り人間は噛まれません。あれから、モネがクグッと私に寄ってきたように思います。
 一方、私の方も、自分では何もないと確信をもって歩いていて、階段の上から落ちそうになったのをモネに助けてもらってるんです。私が行こうといっても、モネが行こうとしないときは、絶対行ったらだめなんですよ。経験上、何か理由があるんです。だからなぜモネが止まったのかを、足さぐりしたり、人に聞くとかして裏取るんですよ。すると案の状、階段があったり、車が横をすり抜けたりしてね。そんなことを繰り返しているうちに、モネが自分の目のように感じられて、信頼関係が生まれてきました。理屈を超えて、ユーザーは命を助けてもらったわけだから、信じて歩けるわけです。そういうことが他のユーザーでも大なり小なりあって、一体感が生まれるんだと思います。

──正に命の恩人ですね。

 だからこそ心から「グッド」と誉められるわけですよ。盲導犬が、フードやおもちゃよりも誉めてもらうことをうれしいと感じるのは、心から誉めてもらえるからでしょう。訓練士さんも誉めてくれますけど、目が見えているからあくまでも芝居です。でも、ユーザーの「グッド」は本当のことですから。犬と自分が一つになっていくことによって、自分の動きがいっそうよくなる。生活も楽しくなる。この犬が居ればこそという思いが深まってお互いに親密感が増すんです。あるときにはモネが主になり、私が従になり、そうして歩いているというのが、盲導犬独特の世界ですね。
 この盲導犬の本当の味わいというのは、訓練士さんでも味わえない。やっぱりユーザーでないと味わえない。盲導犬が聴導犬、警察犬、介助犬、レスキュー犬などと根本的に違うところは、命令する者が目が見えないから、過った判断をして過った命令をする可能性あるということ。だからただ忠実に従えばいいだけじゃない。それが他の働く犬たちと全く違うところです。

──モネと一緒に歩くようになって、以前と何が変わりましたか。

 他愛のないことなんですが、日常生活のなかで行きたいところに行ける、まずこれが違います。例えば今日は厚揚げ焼いてビ-ルを飲みたいなと思ったら、帰りに寄り道して買いに行けるんです。白杖で歩いていたら必死ですから寄り道なんかできません。人間は歩くときに大半を視覚に頼っているから、いくら白杖が上手く扱えても、自分の目の代わりをしてくれる盲導犬にはとうてい及びません。失った視覚を半分くらいはカバーしてくれているわけだから、自然な歩きに、安全な歩きになるんです。

──島田さんは歩くスピードも速いですね。

協会のみなさんと一緒に 盲導犬の代表的な言葉の中にスリーSというのがあります。まず「スピード」。2つ目が「セーフティー」、安全ですね。そして3つ目が「スマート」なんです。これは人間らしく、その人らしく、その人の持ってる個性が自然な形で出てくるということ。だから生き生きとして明るく、生きられるようになる、それをスマートという表現にしてるんです。そこが白杖とは違う、単なる歩行術ではないところです。足下にいるときでもリ-ドを介していろんな情報を私に教えてくれます。だから失った目が帰ってきたような…。犬の目が自分の目のようになるということが盲導犬の本当の味わいですね。

常にコミュニケーションをそれが一体感につながる

──家や診療所に居るときには、モネは基本的にオフタイムですか。

 そうです。家の中ではどの視覚障害者も迷うことはないですからね。仕事中はテーブルの下にダウンさせています。盲導犬はユーザーの声が聞こえるところ、姿が見えるところに居ると安心なんです。それで私が動いたら「ひとりで大丈夫?」という感じで目線で追います。100mの∃-イドンという感じでいつも待機してるわけじゃなくて、それまではボソ一っとしてるんだけど、いざ私が動き出すと「よし行こっ!」という風になる。そこが犬のいいとこですよね。

──島田さんが出かけるときがモネの本領発揮ですね。

外出の際にも困らないように工夫して、トイレのお世話をする島田さん モネはハーネスを付けてもらって歩くことが好きで、私がネクタイを絞めたら出かけるという暗黙の合図だから、うれしいんです。週に2、3回、神戸総合訓練センターに通って、月に数回は学校などへ講演や街頭募金に出かけたり。そのときには乗り物に乗りますからね。モネは乗り物が大好きなんです。3日も電車に乗らないと、いつも通るところでモネが「電車に乗らないの?」って聞くくらいなんですよ。
 以前、万歩計で計ったら、街頭募金などへ行ったら1万歩を超えますけど、普段の日は3000歩くらい。実は、盲導犬は歩いているときより、歩いていないときのほうが長いんですよ。でもそのときのコミュニケーションが歩くときに役に立ちます。まれに飲食店などで「店員がお世話しますから、犬は店の外につないでおいてください」という人がいますが、足下に座らせることによってモネは常に情報を伝えてくれているんですよ。常に目を借りてるんです。それにバイクみたいに使いたいときだけ使うんじゃダメなんです。歩かない場合でもコミュニケーションをとっておいてこそ、意志の疎通がとれて、一体感を持てるようになるんです。


身体障害者補助犬法とは?
 視覚障害者のための盲導犬、聴覚障害者のための聴導犬、肢体障害者のための介助犬、それらのサポート犬をまとめて身体障害者補助犬と呼び、障害者の権利として、補助犬のアクセス権を保障してくれる法律のことです。昨年この法律が成立し、10月から施行されています。
 従来と大きく変わるのは、盲導犬、聴導犬、介助犬いずれも電車やバスなどの交通機関、図書館や美術館などの公的施設、公共性の高いホテルやレストランなどの施設に同伴する権利が保障されるということです。それに伴って、育成団体や使用者の責任もはっきり示されています。これまでは身体障害者補助犬のユーザーの人権を保護する法律はまったくなかったので、社会参加を保障し、育成者やユーザーにも明確な責任を課していることは、画期的だといえます。