健康・しつけ・くらし記事 獣医師さんのアドバイス

「犬の乳がん」は治るのか?

えっ!犬も「乳がん」になるの?!

 皆さんもよく耳にされる「乳がん」は女性に最も多い腫瘍で、米国では8人に1人の女性が乳がんになるといわれています。実はこの現象は人間だけでなく犬にもあてはまるようで、ペットの4頭に1頭が「がん」になるといわれている現代で、雌犬の腫瘍全体の52%を乳腺腫瘍が占めると報告されています。しかも、その半数が乳腺の悪性腫瘍である「乳がん」なのです。
 『えっ!犬も『乳がん』になるの?!』なんていっている場合ではありません。「乳がん」は犬では非常に多くみられるがんなのです。

 一般に、犬の乳がんは7歳を越える頃から発生し始めます。しこりの大きさは、犬の大きさにもよりますが、小さいものは小豆くらいのものから、大きいものでは握りこぶしほどにもなります。また、そのしこりは1個だけに限らず左右4~5対ある乳房のまわりに数個から無数に大小様々なしこりが発生します。(下の写真参照)


乳房にそって、複数のしこりがみられます。
しこりが握りこぶしくらいに大きくなっています。このままにしておくと、しこりが破裂してしまうこともあります。

「がん」になるとどうなるの?

 乳がんを含め、がんは、約10億個という膨大な数の細胞が集まって塊(かたまり)となり、やっと私たちが触ってわかる角砂糖1個分の大きさになります。さらにそこから、それぞれのがん細胞は分裂してゆき爆発的にその数を増やしていきます。こうして勢いづいたがんは様々な問題を引き起こしていきます。
 まず1つめの問題は、がんによって引き起こされる痛みです。そう、がんの塊があるといかにも痛そうですよね。
 しかし、その意に反して診察室でよく耳にするのは「先生、しこりはあるけど全然痛がらないの。」という言葉です。それもそのはず、実は、がん自体は皆さんの指にできる「たこ」みたいなもので、痛みはありません。がん細胞は数を増やしてしこりとなりますが、そこには痛みを感じる神経はつくられません。したがって触っても、針で刺しても私たちが思うほど痛みはないのです。
 とは言っても、そのペンだこもキズができて赤くなってきたり化膿したりするとズキズキ痛くなってきますよね。それと同じようにがんのしこりも炎症が起こって化膿したり破裂したりすると痛くなってくるのです。さらにそこに細菌がはいり炎症 が激しくなると、熱もでてきて動物はどんどんつらくなっていきます。この化膿や破裂はしこりが大きくなるにつれて、あるいはしこりをつくっているがん細胞の悪性度が高いほどよく起こるといえます。
 次に大きな問題は、がんの転移という現象です。がんは1箇所だけではどんなに大きくなっても命に直接かかわる問題ではありませんが、そのがん細胞が血管などを伝わって身体の他のところに広がった場合(転移)は命の危機です。
 がん細胞は全身に転移しますが、一番よくみられるのは肺です。肺の細い血管につまったがん細胞はそこで塊となっていきます。皆さんがよく耳にされる「肺のかげ」はこの塊のことで、この塊があるために動物は肺に炎症をおこし、肺炎によって命 を落としてしまうのです。現在、この肺のかげが1個確認されるようになると、余命は約6カ月と言われています。
 確かに、この転移という現象はがんにつきまとう最大の問題ですが、困ったことはそれだけではありません。がんを持つ動物は、どんどん痩せていく悪液質という状態に陥ります。

しこりを持つ動物の飼い主さんからよく聞かれるのは「最近、年のせいかあまり元気が無いのよね。うちの梅ちゃん。おまけにちょっと痩せてきたみたいだし…。」ということです。
 これは決して年のせいだけではありません。がんは大きくなるために梅ちゃんから栄養を横取りしているのです。このために梅ちゃんがどんなに一生懸命ごはんを食べても、それはがんの栄養になってしまうのです。ですから当然梅ちゃんはエネルギーが足りなくなって元気が無くなるというわけです。これがひどくなっていくと、梅ち ゃんはどんどん痩せていき栄養失調となってしまいます。
 このように、がんは目に見えるところはもちろんですが、目に見えないところでも徐々に進行し、私たちの知らないうちに動物の身体をじわじわと壊しているのです。

「乳がん」は治せるの?

 皆さんも今のお話でちょっと怖くなったかもしれませんが、お乳にしこりを見つけたからといってあきらめないでください。私たちはまだまだ動物たちを助けてあげることができます。
 現在、乳がんを根治するために最も有効な治療法といえば外科療法、つまり手術です。乳腺組織は孤立したひとつの臓器ですから、乳がんがその中にとどまっている状態なら、手術でそれを大きく取ってしまえぱがん細胞を身体の中から無くしてしまえるのです。そう、他のところに転移さえしていなければ「がん」は根治できる可能性が非常に高い病気なのです。

でも、転移してしまっていたら・・?

 「じゃあ、もう転移してしまっていたら治療しても無駄なの?」ということになりますが、ここでがんに負けて動物を見捨てるわけにはいきません。まだまだ方法はあります。
 がんの治療には、根治は無理でも緩和治療という概念があり、がん細胞の数をできるだけ減らした後にそれ以上細胞を増やさないようにしたり、それができないとしても細胞の増えるスピードを遅らせることによって生活の質の向上や延命を目的とする様々な治療があります。
 例えぱ乳腺にある大きなしこりのジクジクした化膿病巣は手術で切除すれぱスッキリときれいになるので今後の細菌感染などに悩まされずに済みますし、がん細胞の数も減るので悪液質の状態もある程度改善でき、動物は非常にいい生活の質を保てるのです。そして残ったがん細胞に対しては、抗がん剤などの薬でがん細胞を壊していき、がんの増殖を遅くさせるというわけです。
 しかし、この薬の治療で大切なことは、この緩和治療の目的は生活の質を向上させることが第一であって、決して延命を一番に考えているわけではないということです。すなわち、抗がん剤を副作用が強くでるほど大量に使えぱ確かに長生きはでき ますが、それでは毎日を生きていくのが大変つらくなります。このような治療のために動物たちの生活が乱れることはどうしても避けなければいけません。
 私たち獣医師は、動物たちが毎日楽しく生活するための手助けをすることが最も大切な役目なのです。

 以上のように、獣医学はここ10年で飛躍的に進歩し、がんについても様々な治療ができるようになってきています。まだまだ数が少ないのが実情ですが、先述の外科療法に加えて放射線療法や化学療法など、人間の医学と変わらないほどの治療がおこなえる病院ができてきています。
 しかし、それでもがんは獣医師だけで治せるものではありません。動物たちを一番よく知っている飼い主である皆さんと協力して、動物たちの生活を守っていかねぱならないのです。どうか私たちに皆さんの力を貸してください。

犬・猫と人間との年齢換算表
犬・猫 人間の年齢   犬・猫 人間の年齢
1ヶ月 1才位 6年 40才
2ヶ月 3才 7年 44才
3ヶ月 5才 8年 48才
6ヶ月 9才 9年 52才
9ヶ月 13才 10年 56才
1年 18才 11年 60才
1年半 20才 12年 64才
2年 24才 13年 68才
3年 28才 14年 72才
4年 32才 15年 76才
5年 36才 16年 80才

「乳がん」を見つけるためには?

 さあ、乳がんを治せるうちに見つけてください。
 ご存知のように犬や猫の乳腺(乳房)は左右両側に4~5対あり、それぞれがつな がって、わきの下から足の付け根まで長くのびています。人間のように1対ではありません。したがって、胸からおなかにかけた全部の部分が腫瘍の発生可能な場所ということになります。
 7歳を越えれぱ少なくとも1カ月に1回は乳腺を触ってみて、もしどこかにしこりを見つけたならすぐに獣医さんの診察を受けてください。できるだけ小さいうちに治療ができれば根治の可能性が非常に高くなります。また、数年前からあったしこりが突然大きくなり始めることがあります。これは今まで良性腫瘍だったしこりにがんが発生した可能性が考えられますので、この変化を見逃さないで私たちにみせて下さい。
 あなたの愛する動物の命のカギを握っているのは、あなた自身なのです。