健康・しつけ・くらし記事 獣医師さんのアドバイス

獣医師さんのひとくちコラム 「猫の便秘」の話

獣医師のひとくちコラム

次にバンちゃんが来院したのは1ヵ月後だった。お薬は2週間分しかお出ししていなかった。調子がよくてもお薬だけは続けてくださいとお願いしていたのだが、残念ながら途切れてしまっていた。初診のときと同じように1時間ほどかけて、バンちゃんのいきみと自分の手の圧迫でウンチを出すことができた。結腸無力症は不可逆的な変化なのでお薬はずっと将来まで必要であることを重ねて説明し、十分にお兄さんには分かっていただいたつもりだった。

その次にバンちゃんが来院したのはまたまた1ヵ月後だった。しかも同じ状況で。同じようにウンチを出しながら、
「バンちゃん、君もたいへんやろけど、獣医さんもたいへんなんよ。」
と、ちょっとばかり泣きを入れてみると、
「先生、すいません。母が飼っていまして、自分は別居しているんです。実は薬もろくに飲ませてないようで、飲ませてるかと聞くとちゃんと飲ませていると言うんで信じてたんですが、手をつけていない薬の袋を見つけまして、困ったものです。」
と、お兄さん。
「そうですか。困りましたね。何とか飲ませてあげる方法を考えないと。。。」
と、絶句してしまった。

内服していても頻繁にウンチが出なくなるようであれば、結腸を取り除いてしまうような手術も選択肢の一つであることを説明した。骨盤狭窄から生じたものでは、骨盤の再建術が必要であり、慢性的な結腸の拡張が既に6ヶ月を超えているものでは同時に結腸の部分切除を実施した方がよい場合も多い。しかし、バンちゃんの場合は骨盤に問題はなく、内科的にうまくコントロールできる可能性もあるのだ。
「先生、母ともう一度よく話をしてみます。」
と、なかなかの好青年だ。
しかし、また次の月も、その次の月も、バンちゃんとはウンチ友達だった。お兄さんも、申し訳なさそうに、
「また出てないんですわ。」
とバンちゃんを連れてこられる。こちらが返って恐縮してしまうほどだった。聞けばお母さんはかなりご高齢だとか。かといって、毎日飲ませに行くほどの時間はお兄さんにはないようだった。

何とか楽に飲ませてもらえるように、あの手この手と工夫を凝らすが、それにも限界がある。このままでは、当分バンちゃんとウンチ友達を続けねばなるまいと、腹を据えていた。
そんなあるとき、お兄さんが、
「手術してもらえますか?」
と、唐突に切り出した。
「このままではバンがかわいそうやし、先生にも気の毒で。」
「確かに、十分に内科的な手を尽くしたとは言いにくいですが、このままの状態がベストとはとても思えません。結腸切除術は学問的にはまだ議論の余地はあります。しかし、今のバンちゃんにとっては、かなり前向きな良い選択肢と言ってもよいと思います。」
そんな話をして、手術が決まったのだった。術後しばらくは下痢になるものの、徐々に治まってくること、長期的には再発する場合があることなどの詳細な説明をした。

そして、今日の検診だった。完全に便秘と縁の切れたバンちゃんは、細菌毒素の吸収もなくなって毛艶が戻り、若返って生き生きとしている。下痢もかなり改善してきているようだ。
「よく手術を決心されましたね。」
そうお兄さんに言葉をかけると、
「先生がバンとしゃべりながらウンチを出してる姿を見て、このままじゃアカン思いまして。いやー、もっとはよしてもろたら良かった思てます。」
何よりの賛辞であった。
「バンちゃん、これでウンチ友達は解消やね。」
そう話しかけた自分に、バンちゃんは嬉しそうにすりすりしてくれたのだった。

前のページへ 2/2 次のページへ